今日の佐賀新聞の「opinion」に私の投稿が掲載されました
新聞記事の写真では読みにくいと思いますので
原稿をそのまま掲載します。
私は、2011年1月28日に妻を大腸がんで見送りました。妻59歳、私は58歳でした。3年2か月の闘病生活で最後は好生館の緩和ケアでその生涯を終わりました。
どうしようもない悲しみの中でもがき苦しみ、毎晩酒におぼれる生活の中で、遺族会を立ちあげないかと声をかけてもらい、がん遺族の会「りんどうの会」を立ちあげました。会の目的は、遺族に寄り添いながら、心の奥底にある深い悲しみを癒すこと。すなわちグリーフケア(悲嘆回復)を実践することです。
ともすれば「頑張ってね」と声をかけがちになりますが、悲しみの中で、もう精いっぱい頑張っているのに、これ以上はもう頑張れないという遺族の気持ちに寄り添い。もう頑張らなくていいよ、泣いてもいいよ、ありのままに悲しみを出していいんだよ。ここにはそういった仲間がいるんだよ。そんな場を作ることが、とても大切なことだと思って、遺族サロンを続けてきました。
私も遺族の一人として、サロンの中でたくさんの涙を流すことができました。
今は悲しみの中にいても、いつか笑顔が戻る時が来ます。自分のために一緒に涙を流してくれる仲間がいることが心の支えになって前に進むことが出来ます。
でも、それは亡くなった愛する人を忘れたということではなく、悲しみを忘れたということでもありません。心の中に悲しみの居場所が出来たということです。だから、何かの拍子に悲しみがひょっこりと顔を出して、涙が出る時があります。
そんな仲間たちと一緒に、悲しみの講演会を開催したり、リレー・フォー・ライフにも参加しました。悲しみの中でも、少しづつ前に進むことが出来るのも、そういった仲間がいるからこそです。
一人で悲しみに暮れている方がいらっしゃいましたら、是非りんどうの会のドアをノックしてください。遺族の方にやさしい場所があることをお伝えください。りんどうの花言葉は、「君の悲しみによりそうです」。