2016年1月
1月 21st, 2016年
遺族の振返り
2016/01/21終末期鎮静の番組をテーマとした振返りが
昨夜の遺族会の中で行われました
「その時」を経験している方々の思いが強く胸を打ちます
いくつかご紹介します
私と妻にとっての「その時」は厳密に考えてみると
抗がん剤治療を停止して、あとは自然の成り行きに任せる
言ってみれば時限爆弾のスイッチを確実にONにした時でしょうか
やがてやってくる死を受け入れた時が「その時」だったのかもしれません。
妻の「普通の生活をしたい」とい願いを私は受け入れて、
治療をすることを放棄することに同意しました
実際の終末の時は、あっという間に過ぎて行きました
黄疸が始まったとおもったら一週間で旅たちました
その一週間はちょうど5年前
間も無く妻の5年目の命日を迎えます
自宅療養を続けられていた方は
いつも、痛い・苦しいと言われている声を聞きながら
なんとも出来ない状況であったのが辛かったが
最後の一日は、痛みを取ってもらって笑顔で旅たちました
と、言われていました
時期的には、まだ終末期鎮静は施術されていない頃ですから
モルヒネによる鎮痛であったと思いますが
20年以上前のことですので、しかとはわかりません
ただ、患者が苦しまないことが一番だったと言われていました
がんが判明して短期間で旅立たれた方は
一切の治療をしないで、このまま旅たつと言われてので
それまでの生活の中では、自分はわがままを言わなかったが
今回だけは、わがままを聞いて抗がん治療をして欲しい
一分でも一秒でも永く生きていて欲しいと願ったそうです
その言葉を受け入れて、治療のための準備を始めたのですが
レントゲン一つを撮るたびに苦しまれる姿を見ていて
ここまで苦しめることはできないと思い
「もういいよ」と治療を断念したことを涙ながらに語られました
また、別の方からは
番組の中でお姉さんの終末期鎮静をして、
罪悪感に泣いている妹さんの姿を見て
「あなたは正しい選択をしたんだよ」と言ってあげたい
患者さんはきっとあなたに感謝して旅だったはずだよ
その言葉には、サロンにいた皆さん方がうなづかれていました
サバイバーに辛い思いをさせてまで命をつなぐことは
それは家族のエゴだと思います
一番辛いのはサバイバーだと思いますが
残される遺族もまた、苦しい選択を常に強いられています
鎮静を選択しようが、最後まで戦うことを選択しようが
もっとしてあげれることはなかったのだろうかという
死後の後悔の念は、つきまとってきます
ただ、きっちり命と向き合って選択したこと
そのことでの結果にたいして罪悪感を持つことはないと思います
他にも、がん治療についてもいろんな意見が出ましたが
それは別の機会に書き込ませていただきます
最後に一つ、言いたいことは
緩和ケアの活用が日本は遅れているということです
日本では緩和ケアというと終末医療という意識が出ますが
本来なら、がんという診断が下った時から
緩和ケアを受けるべきではないかと思いました
私も緩和ケアの看護師さんから
「ここはご家族の心のケアもするんですよ」と言われて
涙が止まらないくらいに泣いたことを思い出しています
サバイバーやケアギバーの心のケア
がんと戦いながら、疲れていく心のケアをすることで
少しでも生きていることの喜びを感じて
「その時」を心静かに迎えることができればと・・・