2023/09/09
リレー・フォー・ライフ・ジャパン2023佐賀が
9月16日土曜日に、佐賀市どんどんどんの森公園で開催されます
そのご案内もかねて、佐賀新聞に投稿していましたが
今日の新聞に亭際していただきました。
初秋の夕陽が空を赤く染めて沈んでいく頃、会場いっぱいに並べられた、それぞれの思いを込めて描かれたルミナリエに火が灯ります。一斉にともされる火で、ルミナリエに描かれた文字や絵が、幻想的な彩を浮かび上がらせていく様は、がんによってもたらされた一人一人の悲しさ・勇気・思慕などをより一層浮き出させていきます。
ルミナリエには、がんで命を亡くした愛する人へのメッセージ。今がんと向き合っている方々の命への思い。そんな思いが込められています。それは赤裸々な言葉であったり、心癒される絵であったりと、人それぞれの形で私たちに問いかけてきます。
これはリレー・フォー・ライフで行われるセレモニーの一つです。1895年にアメリカで始まったがん征圧チャリティーイベント「リレー・フォー・ライフ」はやがて全世界に広がり、2015年に佐賀でも開催されるようになりました。「がんで苦しまない社会づくり」をテーマに、がん患者・家族・遺族・医療関係者・支援者等々が一堂に会して、命のタスキをつないでいきます。
この点灯式に先立って故人への思いを朗読するのが、ルミナリエ点灯セレモニーです。がん遺族の会佐賀「りんどうの会」の会員が朗読をします。以前のセレモニーで不思議な体験をしました。夫への思いを語り始めた遺族に寄り添うように、蝶々のような飛び方をする光が、朗読者の周りを照らしたのです。それは録画画像にもしっかりと記録されていました。故人もこの会場に来ているのでしょうね。
今年もまた、リレー・フォー・ライフが佐賀で開催される季節になりました。
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2023/07/05
6月30日~7月1日に
神戸市国際展示場・国際会議場・ポートピアホテルで行われた
第28回日本緩和医療学会学術大会に参加してきました
医療者7,000人程度が集まって17会場で行われる大会に
がん関連の活動をしている市民活動グループが
PALという企画の中で、ポスター発表などを行ったり
ワークショップに参加して、市民活動の目線から提言を行うところです
私も、PALポスター発表を行ってきました。
(PAL=緩和医療の普及と啓発、緩和医療や患者・家族への支援をさせるための活動に活かしていただく事を目的にしている)
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2023/05/25
令和5年6月30日~7月1日に開催される
第28回日本緩和医療学会学術大会のポスター掲示部門で参加します
詳しくはまたお知らせします
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2023/01/18
心がざわつく季節
間もなく妻の13回忌の日を迎えようとしています。この季節になると思いが強く募ってきます。
ある夕方、妻の病室を出た後で医師から「これからのこと」の話を聞かされていよいよ覚悟を決める日が近づいていることを知りました。毎日見ている妻の様子から、薄々は感じ取っていましたが、それが急に現実味を増してきたことを感じていました。
12月に緩和ケアに入院した時には、一時は表情も明るくなり元気も出てきたように思えたのですが、1月に入ると、病室から帰る私を見送って一緒に歩いてくれる距離が次第に短くなっていき、顔にも黄疸の色が出てくるようになっていました。
そしてついには、病室で別れるようになっていきました。
病院から自宅までは歩いて帰ることも多く、その日もとぼとぼと帰路についていました。交差点でクラクションが鳴って、ハッとして顔をあげると、知り合いの方でした。目礼を交わして通り過ぎたのですが、後日その方から「私に気づいて笑顔を作ってくれたけど、その前の顔は今にも泣きだしそうな顔だったよ。奥さんはそんなに悪いの?」と言われました。
待ってくれる人もいない一人暮らしの自宅は、深々と冷え切っていて、電気もついていない真っ暗な部屋でした。愛犬のユリだけが、お腹を空かせて夕食と散歩をせがんでくれます。そのことがとても大切で嬉しかったこと。ユリが居てくれたことが勇気になった日々でした。そのユリも一昨年18歳という高齢で旅立ちました。
そして、間もなく命日が来ます。
まさに走馬灯のようにいろんな思いが湧き出てきます。
私にとって1月は、悲しく辛い季節です。
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2022/12/26
今日の佐賀新聞の「ひろば」に掲載していただきました
投稿した原稿をそのままに載せています
写真は、佐賀新聞の電子版からコピーしたものです
命(この限りあるもの)
命と言われて、あなたは「生」を思いますか、「死」を思いますか。
私は妻と一緒に悩み苦しみながら「命」を考えました。
それは妻が逝く1年前の事、抗がん剤の辛い治療を続けていたある日、「治療を止めたい」と言ってきたことに始まります。
抗がん剤で腫瘍マーカーは落ち着いているものの、身体はいたるところに副作用が出ていました。
「普通の暮らしがしたい、美味しいものを美味しいと感じたい」それが妻が治療を終わらせたいという願いでした。それはいつか来る別れがより早期なものになるという苦渋の選択です。
命には限りがあること。長寿を全うしてもいつか別れの日が来るということ。
これは逃れようのない現実なのですが、つい忘れがちなことです。今生きていて、今命の輝きを享受している時には、命は永遠に続いていくもののように感じられます。
「人はいつか死ぬ」という事実さえも引出しの中に仕舞われているのかもしれません。
私たち夫婦は、治療を止めることを選択しました。それは生きることをあきらめたのではありません。
「死」を受容れながら生きていくことを選択したのです。
不思議に思われるかもしれませんが、「死」を意識する(受容れる)と、やがて来るその時まで生きていくことがとても大切なことになりました。
旅行に行くことも出来ました。
美味しい食事時間も一緒に過ごしました。
やがて緩和ケアに入院し人生の最後を生き切って妻は逝きました。
間もなく13回忌を迎えます。
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